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2007年 06月 07日
ローング バケーション
ローング バケーション


10年ぶりくらいに真面目に見ています。

しみるよねぇ・・・

今はすごく共感できるよ。
男女の友情とか、家で飲むワインとか
行きつけのラーメンのお店だとか
友達の友達が友達になったり
楽しくて優しいし、せつないしね。

影の存在が星を輝かす
誰かの優しさが誰かを傷つける

気持ちはとまらないー んですって。

私の好きな感じだよ。

松たかこ演じる涼子ちゃんのせつなさ
ご近所でいう あゆみ みたいなね
届かない人に届くように
気持ちに素直に リスクをかかえこみながら
結果人を傷つけても
自分の幸せ手に入れる


わたしには無理だ キヅつきたくないから 関係を壊したくないから
素直な気持ちを殺す 時間をかけて 苦い薬を飲み込むみたいにね
そしてそれを美談のように語りたがるけれど
いくじなし の裏返しだよ。

自分がすこし嫌な姿勢を続ければいいって
なれるまで待とうって
骨はもう折れ曲がるね 根性曲がるね 素直はどんどん遠ざかるね

うそつき

音楽も心地いいね。あの挿入歌のリズム好きだよ。
ラバーズロックっていうの?

稲森いずみがいい味だしてます。
こういう人いたなー誰だったかな?

というわけでらららラブソング歌いたくなるよ。

今日おばあちゃん誕生日でした。

メールしたよ。漫画描いて送る約束した。


卒論は、ザンダーにしようかな。
どうもアメリカ写真に興味もてないのよね。
ドイツ写真の、即物的、客観的 博物的流れの方が気になる。
そっちの方が現代アートとも関係しそうだしね。



# by tama85424yukinosh | 2007-06-07 00:52
2007年 06月 04日
発表
今日の文人の授業の発表は学ぶとこ多かったな。

テーマは狭めるべきだね。
安易な議論したらこわいね。

はーわたし自信なくしちゃうな。
一体なにをすればいいんだろ。

しゅん。

# by tama85424yukinosh | 2007-06-04 23:54
2007年 06月 04日
大日本人だよっ
見ましたー。

いや、松本ファンだったらたいくつしないと思います。
面白かったよっ・・

情熱大陸+ごっつ+ヒューマンドラマ

いいねえ!さりげない細やかなおもしろさがいい

「さきに変身してから行けば・・」 「・・・・・」みたいなね!
あ、そういう指摘はカチンと来るのね、みたいなね。。

儀式が堕落してきてる っていうのもウケたな。
なんかすげーよくわかる。 もう意味ないんだよね・・

二人の警備さんだかのコメントもねー 素みたいでいいのよね
隣の人がね、「そう、そう」とかさ 

奥さん美人じゃないかー
四代目との思い出とかもいいよなぁ・・ヒューマン・・

CGがね、よくないけど CGがあることによって最後の実写の面白さが倍増だよね。

ぜひ!

大衆向けじゃないね。カンヌなんてわかりゃしないと思うよ。

来るひとには来る、そんな映画でしたね。

# by tama85424yukinosh | 2007-06-04 23:34
2007年 06月 04日
うらやま
ロンバケのビデオ見てました。
きゅーん とくるね。山口智子の悲しさ キムタクの優しさを身にしみて実感。
くー 表舞台に近いところにいる脇役たちの
でも脇なんかじゃないよね

自分次第でいくらだって いい恋できるよね


就活終えた友人 
ひさびさに本気で恋したーい だなんて

うらやまし。いいなーってちょっと思ったよ。
いいひとも、周りにいるようだし 本気になればいい恋できるよね。

うーん 私は、これから勉強、ホンキモードになってゆくよ
だから また遠ざかるなーって思ってる。

もし、夏に決まればね、それからがいいかもしれんけど

今はなんとも言えません。

# by tama85424yukinosh | 2007-06-04 02:07
2007年 06月 02日
午後
10時から文人の勉強会なるものが開かれた。

うーむ、勉強不足ってのもあるし 問題を明確にする必要あるね
でも最後はスッと分かったきがしたよ。

議論ってむずいよね。明らかに相手が間違ってる場合、自分の意見を押し付けようとしたり
うーん、知ってる人が強引にその方向へ進めていこうとする感じ
あたしもよくやってしまうことだなーって

客観的に気づいたよ。


お昼はふーってジスちゃんとすれ違って
ランチ食べることにしました。
ヒラ丼おいしいね。肉っておいしいねぇ・・

ジスちゃんはよく話せる。軽いところから深いところまで
不思議ね。九月で帰っちゃうのはさみしいね。
楽しいひとときだったよ。



友達と和アート見に行ったよ。レゲエの世界日本風というかんじ
即興で描くんですって。それで形になる。ほほう、
軽いけどゆるさがよかった。


うーん、やはり肩に力が入るな。
ないものねだり。


# by tama85424yukinosh | 2007-06-02 00:40 | life
2007年 06月 01日
黒い点は周りの白でできている
アルバムの編集もなんとかなりそうだ。
メディアのせいだったよーんもー

そうね、今日はちょっと考えちゃったね。
トリンミンハさんの先行研究論文を探して、とりあえずいっこ見ることができた。

境界にいるんだね。

学術と詩 私と他者 客観と主観 ドキュメンタリーとフィクション 色々な境界線上なんだね。

アイデンティティー なんて 純粋で真実の自分 か


わたし、他者において そういう見方はよくないって思ってた。
純粋な文化なんてない、変わっていくものなんだ って そういう流れで、この人にも興味を抱いたけど

自分は、どこまでも純粋な自分を探していたよ。そのことに今日気づいた。
自分らしさ、自分へのこだわり それだけしかなかった。ころころ態度を変える自分が、はーいやだな、って本当の自分はどこなんだろう って

そんなことずっと考えてたから、世界が広がらなかったのかもね。

他者を、こころから 興味を抱くなんてことできなかった。

わたしが求めていた一点。自分のコア。そんなもんないって、あるとしたらそれは空間のようなもので、色んな経験や人との関わりがその周りにあるって
そう思えれば、きっと周りの世界がよく見えてくるんだろうな。

きっといつか誰かを、狂おしいほど信じたいし、愛したいだなんて

そういう一点を求めたって、それもやっぱり空間なんじゃないかな。


つまり、じっと、他のものに無関心になるほどこだわりつづけて凝視してきたある黒い点は
、じつは周りの白によって作りだされていた空白の部分の色だったんじゃないかって


今日思ったよ。


そう気づくことでなにか変わるかな。


どうしてあのこに腹が立つんだろうね。
ずるいんだよ。自分のことしか考えてないよ、バカにする人はバカにして、
尊敬する人には素直に甘えてさ、かわいがられて
すきな人間をとことん信頼しようとして
すこしでもギクシャクすると 信頼できない ですって。

反省しない ひるがえる 遠ざかることで 自分を守り続ける

極端だよー。自分にそっくりなんだよー。自分のいやなところ、拡大めがねで写してみてるみたいな気持ちだ。だから腹がたつんだよ。


そうだよ 小学校のとき 友達をいじめたとき

先生に言われたよ「人をおもちゃにしないっ」って怒られたよ。
でもそのときは腑に落ちなかった。
あのこは、そういうキャラだと思ってたよ いじめっていうか、滑稽なことされると周りを笑いでつつむ そういう役のこだから、だからやったんだよ

っておなかの中では考えていたんだよ。サイテーな人間だよ。

気づくのにしばらくかかった。

人の意見なんか聴きたくない 自分がどう感じているか それが一番大事。
自分のことしか考えてなかったよ。


バカだったんだね。周りがどれほど 周りにささえられて存在している自分。
自分ばかり追って、周りが見えなくなってた。

頭ではわかったよ。行動にでるかなぁ 変われるかな・・。

# by tama85424yukinosh | 2007-06-01 01:09 | life
2007年 05月 29日
家をたてる!

素人→プロ の図で考えるから、あせりが生じるし、自己嫌悪に陥るんだ。

家を建てる という図で考えてみよう。


私は家を建てたことないから、組み立て方をまず知らなければいけないんだ。

どんな家を建てたい?そのイメージをまずつかまないと。

できる家と、出来ない家があります。

こういう形の窓は、難しいね。でも、こういう風な窓にならできるよ。

骨組みをつくらないと。骨組みがしっかりしてれば、あとはサーって作れる、作るために没頭したらいいのだ。 


物語を作る の図でもいいな。

こういうことを思っていて、それを伝えたい。

でも直接言ったんじゃ伝わらないし、伝わりにくい。

こういう枠組みの中で、こういう発言をするから、ジーンとくる。


明らかにする→とらえ直す じゃ論文にならないかなぁ。とらえ直すの方が得意だ。


写真がすき、映画がすき、だからトリンミンハに興味をもちましたぁ でもそれって難しいねー
じゃ、もっと人々に近い家族写真の歴史でもたどってみるか?じゃない!!

そんな表面的なことじゃない。

逸脱 境界 宙ずり が好きなんだ。

セネガルの、一見民族誌か?といわれる映像をとりながら
でもセネガルの文化を説明するわけでもなく
ことば 詩 映像 ジャンプカット スローモーション

という逸脱。
なんでもやっちまえ~ じゃない。
ちゃんと伝えたいコアをもってて、それが直接伝えるのを難しいことを知っている。
だから伝えたいことが、伝わりやすい場で、それを実践している。
と考えたら少しはラクになるかな。


すると、自分が他に興味をもっているものも少しつながってくるかもと気づいた。
アバンギャルド や 松本人志のおもしろさ ラーメンズのおもしろさ 


例えば、まっちゃんはなんで面白いのか。と考えるとき、こういう生い立ちでこういう経験を経て・・ なんて興味ない。 こういう場で あえてこういうことをする、みたいなところを言いたい。

それを伝えるためには、どのコントの、どういうセリフ使えばいいかな~ とか思いをめぐらすのは楽しいし、得意だ。


こういうコンテキクストのなかで、こういうテクストを発するから、わりとこういうコードを経て人々につたわる。わっはっは・・

すると作家、もしくは作品を記号と考える


私が何をつたえたいか 私が感じたことを こう感じました といっても伝わらないから

それを一般化する言いかえ、としてテーマを考えればいいのだわ。

人に言われた意見じゃなくて、わたしが感じたこと。
これを素直にさぐろう。

それから家を建てよう。



# by tama85424yukinosh | 2007-05-29 23:48
2007年 05月 28日
なにさ
こだわりは捨てろ。

こだわりこそが自分 自分らしさ なんて捨てろ。

足を踏み出してみろ。

感じるほうに足をおいてみろ

7日目

ばかばかしさの堂々めぐり ばかばかしい ばかばかしい日々

時間稼ぎたいだけじゃん 答えを出したくないだけでしょう

宙吊りになっていたいんでしょう?

くるしい思いをすれば、どうにかなると思っているんでしょう。

泣けばいいとおもってるんでしょう。







くやしい くやしい 自分のいやなところが

自分の弱いところが 今 ひりひりひりひり


ねー  頭の悪さがひりひり



プライド?

人類学的って何?

自分は少し違うの、だからー

たいくつでしょう 

ねー 分かってほしい


自分がわかってないのに 感想など言えるか

距離 距離 それしか見えない







いきなりそんなすごいジャズピアノなんて弾けないよ。

プロのサッカー選手になんていきなりなれないよ。
弾けるだけでも すごいって思うもん 


うん。私いつも 背伸びしたがる。 足が浮く 浮いて もがいて 苦しいよ

背伸びをやめなさい 自分のサイズでやってみなさいな



あたしはまだ自分のサイズを測ろうとしてない

大きい 小さい じゃない

あのひとには考えられて わたしには考えられないこと

わたしには考えられて あのひとには考えられないこと


おおおおおおい おおおおおい


ばかだねぇ








 

# by tama85424yukinosh | 2007-05-28 22:31
2007年 05月 25日
釣り糸
脳みそに釣り糸をさげ、さげ、さげ続けているが

じたばたして あせってしまう。 やっぱりー変えるべきなのかぁ どうなのか。

興味のあることは 他者表象なんだと思われ。それをー批判したいんだと思われ。

わたしがたった4年かんしょぼしょぼ写真や人とのかかわりを通して 関心を抱いたのは

オブジェクトを、より魅力的に見せようとしたり、
写真撮るわよー さあ笑って とか
わざとらしいアングルや あー そんなもので小細工してオブジェクトを目立たせようとすることが、写真の魅力を引き出すんじゃない むしろ 殺す。オブジェクトもニセモノみたいだ。

近づきたいと思う人ほど、細かなことは知りたくないものだ とか

ある程度の距離をもって 完全にはその対象のこと 分からないかもしれない、でもその分からない想像を働かせることが私を対象を近づける ということだとか。

すなわち、詳細に知らないほうがいい。客観的に詳細に記すことで、それはニセモノになるし、すりぬけていく主観部分にこそ重きをおきたいんだよなぁ というスタイル。
反、学術的スタイル。

でもそれを論理的に示せたらいいよねー。今日、もしかしたら少し鍵になるかも、と感じたのは
映像と目の関係。

私たちが自然だなーって思っている映像は 目がいらない部分をカットしているから。
鏡に15センチ自分の顔を近づけて、右目 左目を交互に見ると、自分の目は動いてないように見える のに人が見ると確かに動いているのだ!

集中して一点を凝視すると、まわりの灰色がかった色がじょじょに消えていく。
脳が順応してしまうそうだ。他の情報ないのーこればっかりーじゃ、もういいや 

網膜の残像 反対色が見える ないはずのものが出現したり あるはずのものが消えてしまったり

何を持ってリアルというのか が問題になるだろう。
人間の見る世界 のリアルさを求めて、自然なリアルさを求めて 映像は凄く客観的でリアルだけどー・・ 客観を研ぎ澄ませすぎるのも、自然なリアルさから離れていくだろう。

だってわれわれの目は編集してるし 存在していないものが残像として残ったりするし・・・

人間からは所詮はなれられないんだ。宇宙からやってきた映像が、それまでは物質の塊にすぎないけど、人間の目に伝わって初めて映像になる ってそういうことかー と納得。
今日はそれだけ収穫した。

あとは、新日本紀行ふたたび

過去の話と今の話を ならべて配置するような番組。変わりゆくもの~か~わ~らぬもの~

何が変わったって、作り方ぜんぜん違うのね!
昔の作り方って、カメラをまったく意識させないんです。出演者もカメラはまるでないかのように振舞ってるし・・効果音とかクローズアップとか、とにかくドラマティック!
見てておもしろいよね。 昔の映像が見てて特に興味ひかれるよねー なぜだ?
このじいさんとか、もう死んでるんだろうな・・ もうこんな風景はないんだろうな・・
こういう気持ちが、昔の映像をすごく興味深くする。
もう今はないものが、ある・・!

今は、案の定今は違う。作り方もどらまてぃっくじゃない。
カメラを、意識して語りかける出演者。インタビュー的な。それは、すごく自然だよね。
でも見てるほうとしては 昔の その後のエピローグ  ドラマの強さは弱くなってるから・・
日常っぽくて まーそれはリアルなんだけども

さみしーなーって 昔のよさ が今はこうですか・・・
昔がホンモノで、今がニセ?もちろんそれは言いすぎだけどー そんな気持ちが少し起こるよね。昔の描かれ方が、この姿が完成型です だからさ。あまりにもできあがりすぎていて・・


もちろん、今をドラマティックに作ろうと思えば作れるんだろうな。
でもドキュメンタリーとして、そういう手法はいささかどうよ、っていう時代なんだろう。
撮る側のイデオロギーには触れずに 他者を表象すんのか
いえいえ、そうではありません できるだけカメラの存在と他者の関係を気づかせるような形で
いろいろな見方が可能にしておきます

それもね、つまらないときがあるんですね。
人に関心を抱かせるには 魅力的に感じさせるには やはりドラマ要素必要だよね。

ぐるぐるまわるー ゴミ箱をひっくり返した気分だ

# by tama85424yukinosh | 2007-05-25 01:26
2007年 05月 22日
コテンパン
卒論です。テーマ設定、やっぱり粗がきわだったよー。
先生はやさしーから、強く否定したりはしないさ、でも自分で気づいた。

批判するって、たやすいことじゃないんだー って。
一般的なものに対して異なもののよさ を論じようとする場合の、一般ってなによ、複雑でしょうが、ホントは! という話です。

映像、となるとそれぞれ作りが違うから・・・作品モノってチョーむずいんだねー
作家論なら、かけるんだろう。でもそうはしたくなかった。
あたしの性格上 オリジナリティーがほしいのだ。でも、作品を用いて、他の視点を論じるとかってすごーく大変なんだわー 私にはそれを使いこなして理論を論理的に導くなんてこと無理だ
そんな偉そうなこと、こんな未熟な頭でできるわけないんだーーー

ぼやきなんだ。学術的に明らかにすることじゃないんだ。うんそりゃそうだよねー、っていわれることを文章に表そうとしているにすぎないんじゃ!

で、どないするよ。。。
これでへこたれちゃ、すたるよ。自分が。

シフトチェンジすべきじゃないだろうか。皆にいいたいことを伝えるのに、私と先生しかわからないようなことをしたくないんだよっ

おばーちゃんでも興味深く読み進められるモノが書きたいんだよ、ほんとは。

でもあこがれちゃうの 答えが出ない、出にくい難しさ。とらわれちゃうの ぼーっと考えていたいの。あこがれにすぎないって体がよく分かってるんだけどね

願わくば・・・このような視点から論じることができる、みんなにとってもっと身近なものを探してやりたいんだよ。でも見つからなくて・・難しい方向にそれを理解するために時間を費やすだけだよ 私なにがしたいんだよーーーー トホホ

ぼやきでした。

# by tama85424yukinosh | 2007-05-22 22:21


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